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特に、中学校での「ものづくり」について。
ものづくりをする教科といえば、技術・家庭・理科・美術あたりになると思う。 この中では、技術科と家庭科が、きっと一番期待できるはずだが、残念ながら現実は厳しい。 時間も、教員も、減少の一途。 授業の時数や、教えられる教員がいなければ、これはできない。 理科では、実際にものづくりを重点的にはやれない。 でも、工夫次第では、「ものづくりの精神」を伝えていくことだけならできるだろう。 しかし、ものづくりで大切なのは、直接経験である。 1本のくぎを打ったことがなければ、いかに日本が技術で優れているかを語ってもダメだ。 これからの教科の中では、選択教科が有望だ。 選択の理科や、選択の技術という科目は、すでにその成立から、ものづくりを照準にすえることができる。 「理科と技術を融合させた教科を創れたら」という、講演会で講師からの主張があったが、それはやり方次第で実現できそうだ。 もうひとつ、中学校ならではの活動で、「学校祭」といった行事にからんだ活動がある。 大きな展示作品をつくろうと思えば、くぎの打ち方やのこぎりの挽き方は自然に必要になる。 行事活動のひとつの意味は、ここにある。 # by kazufushi | 2006-08-15 17:06
まずは、更新していくことを念頭において、書いていくことにする。
今日の講演会「科学教育とものづくり」について。 講師は続木章三さん(徳島大学創成学習センター・技術史工房主宰) ガリレオの機械式時計(位置エネルギーでうごくもの)を、実物を横に置いて講演があった。 非常に精密なつくりで、時をきざむのは、1mというその大きさもあり、まずは目をひく。 しかも、世界初の大きさだという。ガリレオのスケッチではなく、不完全なイラスト的な絵画から補完してつくっているとのこと。すでに100以上のいろいろな規模でつくってきたからこそのものと関心することばかりだった。 その中で、基本的な技術、ものづくりの経験不足について語られていて、これが印象に残ったので、次回にまた書きつぐこととする。 # by kazufushi | 2006-08-09 20:35
「私の考える科学技術コミュニケーション」
立ち位置 中学校の理科教育は、義務教育としてすべてのひとに、共通の科学的思考力をおくりとどける使命がある。 科学的なリテラシーは、民主主義を守り育てていく意味でも、現代社会のさまざまな問題に立ち向かうためにも、あるいは丸いケーキを何等分かして食べるためにも、必要である。 でも、必要性だけではひとは動かない。 学校の授業として、学びが開かれたものになるためには、コミュニケーションがもっと活発になされなければならない。 すでに、科学がそっぽを向かれはじめてから、ずいぶん経っている。 いまこそ、科学の真のおもしろさ、有用性を感じられるように、 専門家や研究者・書物の中に閉じ込められた科学でなく、 身近で、親しみを感じ、判断を自らがしていくもの、 スポーツや音楽と同様、1つの趣味・人生を豊かにするものとして立ち現れるものとして、 科学を開放し、科学と社会とをとり結んでゆく存在――― それが、科学技術コミュニケーション活動であり、コミュニケーターとしての役割である。 では、大上段に構えた刀は、どこへ振り下ろすのか? ひとつの的は、ブログかもしれない。 閉じられた社会として、教育と科学は同列である。 市民が口出しできない時代が、きっと長く続いた反動か、 いまやどちらも、バッシングの標的と化している。 そんな現状を少しでも変えていくのは、やはり小さな情報公開から。 それが、ブログの役割と言えそうだ。 5号館のつぶやきへのエントリーhttp://shinka3.exblog.jp/4108253/へそれぞれリンクが貼られることが、ひとつのコミュニケーションになっていると言える。 このブログでは、科学と教育について、思うところを述べ、発信していきたい。 # by kazufushi | 2006-08-07 23:03
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